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2026年7月17日金曜日

組織文化を考える③ ~平成26年 組織文化変革期~

 皆様こんにちは。

前回に引き続き、組織文化の変化について書いていきます。

■ 平成26年 組織文化変革期:「感謝」「利用者さんを思いやる」

組織文化を意図的に醸成するには、組織として目指すべきところと集団が遵守すべき規則が必要です。それにより価値観が統一化され、更に行動に対する「規範(お手本)」が生まれます。


前回の②で負のループ(退職→採用→退職・・・)に陥り、このままではまずいと考えた私は、ここで初めて何かしなければならないのではないか、と考えるようになります。しかしながら何をしていいか全くわからず、とにかく「経営」や「組織」に関する本を読み漁りました。

本屋に行っては立ち読みをして、これは読みやすいと思ったらすかさず購入!

様々な本を読んでいくうちに、「経営とは何か」、いや、そもそも「仕事」って何だろう?と考えるようになっていきます。

お金を儲けること?・・・もちろんそれも大事な目的です。ただ、お金を儲けてその後待っている人生ってどんなものだろう?

このような経営哲学、いや人生哲学を考えるようになってから「会社はだれのためにあるものか?」という命題に差し掛かります。その命題に対しては私は「従業員」であると答えます。従業員を喜ばせることが経営であると。

とまあ、そんな感じで私としての経営者マインドを形成していったわけです。

話がそれましたが、本題に戻ります。

平成26年頃、たからデイサービスは事業を拡張し、運動機能型デイサービスから総合的(入浴・食事サービスあり)なデイサービスになって1年ほどが経過しました。その頃になると業務はだいぶルーティン化されてきて職員も慣れてきていました。

退職の負のループは一時ほどではないものの少しずつ落ち着いてきました。

経営のHow To本を読むと必ずと言っていいほど出てくる「経営理念」「ビジョン」といった難しい言葉。何が違うねんって感じです。そういった経営理念やビジョン等を盛り込んだ経営計画を作る、このことが必要と考えるようになります。

「経営理念」「経営ビジョン」等を明文化することを始めました。それも自分一人で作るのではなく、当時の社員全員で一言一句作成することにしました。

毎週水曜日の業務後、社員には1時間の時間をもらい、まずは何を作るのかを明確にしながら、経営理念から作成します。最初は社員は「いったい何をやるってんだ?」「早く帰りたいのに」「きれいごとを作っても仕方ないのでは」といった批判的な態度もありましたが、これがどういうわけか2週目に入ると、普段発言しない社員も発言するようになり、活発な意見交換ができるようになりました。

4週間を経て、経営理念が出来上がりました。キーワードは「感謝と信頼」です。

このようにして、約3か月で経営ビジョン、行動指針まで作り上げました。

驚いたのが、この経営計画書を作成し始めてから、社員をはじめ、職員同士のコミュニケーションが円滑になったことです。そして、心なしか皆穏やかに仕事ができるようになりました。思えば、この3か月間の経営計画書作成は、「自分がやっている業務は間違いないのだ」という「自己肯定」を感じてきたのかと推察しました。その結果、利用者からは「ありがとう」と感謝され、社員もやりがいを感じるようになりました。

経営計画書作成と同じ時期、私は就業規則の整備に取り掛かります。

就業規則については、インターネット上にひな形がたくさんあります。もちろんそれらを参考にしたことは間違いありませんが、そのまま使用してはただの“飾り”になってしまい、誰も守らなくなってしまうという懸念があり、これも一言一句自分で作成します。

その後、顧問社労士さんと協議を重ね、出来上がったのは半年が過ぎた頃でした。
これを周知して、遵守することも時間がかかりました。

更に、非常勤職員、常勤職員の立場、役割を明確にして周知しました。具体的には非常勤職員はそのパートを担当していただく大事な存在、常勤職員は全てを見通すこれまた大事な存在。従って、常勤職員が非常勤職員の立場的には上ということにしました。

このように、職員の価値観を合わせ、規則により従うべきものを作った結果、徐々に組織文化が生まれました。その組織文化は、「互いに感謝する」「利用者を思いやる」といったものです。

しかしながら、負のループについては、なかなか抜け出せずにいました。特に若い方を採用しては、半年から1年間で辞める、そんなことの繰り返しです。まあ、ループの長さはだいぶ長くなってきたのですが。

■ 次回予告

このように生まれた組織文化をどのように浸透させていったのか。そして、負のループはどうなるのか。そのようなことを書いていきたいと思います。

今回も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


2026年7月9日木曜日

組織文化を考える② ~平成24年 事業拡張期~

皆様こんにちは。

今回は、当社が事業拡張期(平成24年)にどのような組織文化の変化を経験したのかをお伝えします。

■ 平成24年 事業拡張期の文化:「状況に適応する」「利用者さんを思いやる」

この頃、デイサービス事業は順調に利用者が増え、定員いっぱいの日が続くようになりました。そこで本社2階で行っていたデイサービスを1階にも増設し、受け入れ人数を増やすことにしました。

カリキュラムはほぼ同じで、目的は「利用者数の拡大」。職員数は約10名となり、増設から3か月ほどで利用者数は大幅に増加し、収益も向上していきました。

しかし、職員の業務は大きく変化します。送迎回数は単純に2倍となり、フロアの人員配置も変わり、常に忙しさがつきまとう状態でした。それでも職員は、日々変わる情報や業務に必死でついてきてくれました。

当時のデイサービスは入浴・食事サービスがなく、運動機能向上が中心。利用者さんは比較的軽度の方が多く、職員の負担も大きくはありませんでした。

■ 第二の転換期:入浴・食事サービスの開始

経営陣は「利用者ニーズに応えることが正しい」という強い思いを持っていました。そこで、入浴・食事サービスを開始することを決断します。

これにより、

  • 3時間滞在型(午前・午後の入れ替え)

  • 7時間滞在型(1日利用)

が混在するようになり、利用者の介護度も軽度からやや重度まで幅広くなりました。

入浴介助の経験がある職員は少なく、他事業所からレクチャーを受けながら対応。排せつ介助も必要となり、現場はまさに「場当たり的な対応」を求められる日々でした。

■ 負のループ:退職 → 採用 → 退職…

その結果、長年勤めていた職員が次々と退職。慌てて採用しても、また退職してしまうという負のループに陥りました。この状態は1年以上続きました。

経営陣は「いつか落ち着くはずだ」という根拠のない楽観を信じていましたが、現場は疲弊していきます。正しいことをしているはずなのに、なぜかうまくいかない──そんな違和感が常につきまといました。

■ なぜ退職が増えたのか?

もちろん、仕事内容が大きく変わったことへの不満はあったでしょう。

しかし本質はそこではありません。

経営陣が意図して文化を変えたわけではなく、自然発生的に変わった文化と職員自身の価値観が合わなくなったことが大きな理由です。

創業期の「右向け右」の文化は消え、 この頃の文化は 「状況に適応する文化」 へと変わっていました。

■ 事業拡張期の結論

「事業拡張期の組織文化」は、創業期の“右向け右”の文化が自然消滅し、経営陣の意図とは別の方向へ文化が変質してしまった時期でした。

しかもその変質は、事業拡大という“正しいはずの意思決定”が、現場の期待・価値観とのズレを生み、結果として離職という形で表面化したのです。

■ 次回予告

次回は、偶発的に変化した組織文化を、経営陣がどのように「意図する文化」へと導いていったのか──そのプロセスを当社の歴史とともに紐解いていきます。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

2026年7月3日金曜日

組織文化を考える① ~平成21年 創業当時の組織文化~

皆様こんにちは。

今回から数回に分けて「組織文化」について書いていこうと思います。

きっかけは、最近読んだ『両利きの経営』の中で組織文化が大きく取り上げられていたことです。改めて考えてみると、組織文化はとても奥深く、そして「人材定着」に大きな影響を与える重要なテーマだと感じました。

■ 組織文化とは何か

どんな組織にも文化があります。 しかし、いざ言語化しようとすると意外と難しいものです。

組織文化とは、企業のビジョンや戦略を実現するために、経営者が意図的に設計した価値観や行動様式のことです。 経営者が「共通の価値観」を定義することで、組織文化が生まれます。

また、人は組織に入ると、自然に以下のような期待を持ちます。

  • どんなふうに働けば評価されるのか

  • どんな行動が歓迎されるのか

  • どんな人が活躍しているのか

  • どんなコミュニケーションが普通なのか

これらの期待が「暗黙のルール」として積み重なったものが組織文化です。




■ 組織風土との違い

似た言葉に「組織風土」があります。

  • 組織文化:経営者が意図的に作る価値観・行動様式

  • 組織風土:職員が日々の業務や人間関係から自然に感じる雰囲気

つまり、組織文化を意図的に作ることで、組織風土に反映されていくという関係です。

組織文化は“設計できるもの”。 これは経営者の大事な仕事だと私は考えています。

■ 平成21年 当社の創業期の組織文化

ここからは、当社がたどってきた組織文化を紹介していきます。

① 創業期の文化:「右向け右」「利用者さんを思いやる」

創業したばかりの頃は、介護保険制度の理解、利用者さんへの接し方、ケアマネさんとの連携など、すべてが手探りでした。 創業者(私の家族)の存在が大きく、まさにトップダウン。「右向け右」で運営していました。

職員は近所の主婦のパートさん数名。小さな組織で、決められたことをその通りに行うというスタイルでした。

ただし、利用者さんを思いやる気持ちだけは全員の共通認識として強く存在していました。

この頃はビジョンや明確なルールがあるわけではなく、創業者の価値観がそのまま組織の価値観になっていました。価値観を伝える手段も、創業者の「感情」が中心だったように思います。

どの会社もスタートアップ時は、経営者の思いに共感した職員がついていく形になりがちです。当社も例外ではありませんでした。

私は、これはこれで小さな組織にとっては立派な組織文化だと思っています。家族経営である時期は、家族の価値観が組織の価値観になりやすく、その価値観に共感できれば職員にとって居心地の良い環境になります。

つまり、この時期の職員の組織に対する期待は、非常にシンプルで創業者の価値観に強く依存していました。

「決められたことをその通りに行えば評価されること」、「利用者さんを思いやる姿勢が何より大切にされること」、「家族的な雰囲気の中で安心して働けること」。そして、明確なルールがない分、創業者の感情が“正しさの基準”になっていました。 小さな組織では、このような価値観の一致が居心地の良さにつながります。

■ 次回予告

この創業期の文化が、どのように変革していったのか。 次回以降、当社の組織文化の変遷を紹介していきます。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

2025年7月18日金曜日

自己実現の場へ

 どうも。お久しぶりです。

ちょっと忙しくてさぼってしまいました。

さて、今回は、私が目指す会社像です。

皆様は、マズローの欲求段階説というのをご存じでしょうか?
中小企業診断士であれば、かならず一次試験で勉強しますね。
かなりポピュラーなもので、人が生きる上で「自己実現に向かって成長する」という仮定の元、欲求が階層的になっているという理論です。


はい、これです。

一番下から「生理的欲求」。食欲や、トイレに行きたいという欲求がこれですよね。絶対になくてはならない欲求です。

次に「安全の欲求」。安全に生活したい、以前、3.11の際、この安全の欲求が満たされず、ストレスを感じた方も多いのではないでしょうか。

3番目が「所属と愛の欲求」。読んで字のごとく、集団に所属し、愛されたいという欲求です。

4番目が「承認の欲求」。自分が行うことに承認してほしい、尊敬してほしいという欲求です。

最後に「自己実現の欲求」となります。これは理想の自分になりたいという欲求です。

私がこの理論を知って、まず思ったことは、会社に所属していることで、従業員さんがどの欲求を満たせるのか?といったことです。会社として、第2段階「安全欲求」まで満たすことは必須ですよね。また、「所属と愛の欲求」も社会的な欲求ですので、必須です。

私は、居心地の良い職場とは、この第4段階「承認欲求」を満たされていることが必要であると考えます。自身の人柄や性格などの承認、仕事以外の行動に対する承認、自身が普段行っている仕事に対して等、承認するものは様々です。また、特に仕事を承認するには、その仕事に対する役割の明確化、貢献度などを定義してあげる必要があります。そして、承認する仕組みである面談などの場を設定する必要があります。まさしく組織の仕組みや風土を作っていくということですね。

当社が目指しているのは、第5段階「自己実現」できる会社です。

自己実現とは、先に書いたように「理想の自分になりたい」という欲求です。「理想の自分」って何でしょうか?金持ちになりたい、社会的地位が欲しい、幸せな家庭を築いているといった、朧気ながらの理想はあるかと思いますが、普段生活していてなかなか「3年後にこうなっていたい」と明確な理想を考える人は少ないのではないでしょうか。

職員の自己実現を目指して柔軟に対応していく事が、「働きやすさ」、「働き甲斐」につながると思います。

そんなことで、私の思いを書いてしまいました。次回は当社今期最大の取組を紹介します。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。


2025年6月2日月曜日

たからの歩み(目標統一の難関)③

前回投稿からだいぶ間が空いてしまいました。
実は、私事、扁桃腺を切除する手術を受けまして、なかなか体調が安定しなかった今日この頃です。 

さて、続きまして、たからの歩み第三弾です。

規則を作り、ルールが統一されたところで、経営者として何を聞かれても答えられる自信がつきました。次にすることは、働く方の目標を統一することです。

今回は、目標統一の難関を書いていきます。

前回、組織を作る上で重要なことは、目標を統一することであると書きました。とはいえ、毎日仕事をしていて、「今日からわが社は、日本一を目指していきます」のような抽象的な目標では、「へえ、そうなんだ、すごいね」といった感想で終わってしまいます。

働く方にとって、当社に所属しているということは、皆何らかの目的があるはずです。
この頃当社は、社員5名、パート職員10名で運営しておりました。

大前提として、仕事ですので、働いてサラリーを得ることは重要です。その他の目的は皆それぞれです。しかし、働きやすい、働き甲斐がある環境というのは、皆が求めるものですよね。その目的をかなえるために、私は、目標を統一することを考えました。

ここで初めて「経営計画書」を作りました。

普段経営をしていると、外部環境、内部環境の変化などにもまれて組織としての目標を見失いがちになります。
いわば、会社という小さなヨットで太平洋をさまよっているようなものです。従業員さんがオールを持ち、同じ方向に漕がなければ当然、ヨットはふらふらしてしまいます。やがて、従業員さんは気が付きます。このヨットは危ない、または、私はこのヨットには合わない。今のうちに違うヨットに乗り換えようと。

そうさせないように目標を統一し、皆が目指す方向性を決めるものが、経営計画書です。

経営計画書で最初に着手することが、「経営理念」を明文化することです。経営理念は、その組織の存在意義です。経営理念を作成した後は経営ビジョンを作成しました。ビジョンは、将来的に到達したい目標です。

そこから、社員の行動指針を作成して、第一弾経営計画書を作成したのです。
当社の場合、この一連の計画書作成を当時の社員5名全員で行いました。

これがとても良かった。

当時、「こんな感じで経営計画書を作成しますので、毎週水曜日に1時間残業して皆で考えましょう」と呼びかけました。最初は、あまり意見も出ず、「何やんの?早く帰りたいんだけど」といった雰囲気でしたが、初日の後半には、「普段自分たちがどのように利用者さんに接しているか」「この会社はこうなるべきなのではないか」といった前向きな発言が聞けるようになり、1時間があっという間に過ぎるという会議となったのです。

第2回、第3回と回数を重ねるうちに、従業員さんたちの業務に対する意識が変わっていきました。まさに自分たちが行っている介護が肯定されていくわけですし、他の従業員さんがどのような思いで日々業務に当たっているかが、明確になっていくわけですから。

約3か月を経て、経営計画書(A3用紙に一枚)が出来上がったのでした。

皆で考えた目標ですから、これは無視はできません。また、現場で判断に困ることがあれば、この経営計画書の内容に則り、判断ができます。更に、採用時に当社についての説明がしやすくなり、採用基準が明確になりました。

因みに現在の当社の経営理念は、以下になります。

利用者様の「自分らしく生きる」を支える活動を行う

「ありがとう」があふれる職場を提供する

何より、経営者として、方向性が明確になるとともに、一人歩きしない感覚が生まれます。

これは、本当にお勧めです。経営者だけではなく、是非、従業員さんも一緒に経営計画書を作成してみてください。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

2025年5月12日月曜日

たからの歩み(規則作成の難関)②

 さて、前回に引き続きの投稿です。

「働く人の幸せ」って何だろう?
そこから考えることにしました。

まずは、あいまいなルールをきちんとすることが必要です。

この時代、会社のルールについて、色々な質問を従業員さんから受けていました。「有給ってないのですか?」「この日休みたいのだけど・・・」などなど。これらの質問について、正直言って場当たり的な回答をしていました。

しかしながら、集団で何か行うものにはルールが必要です。そう、就業規則です。

ここはかなり苦労しました。改めて考えると、労働基準法もろくに知らなかったもので、勉強することから始め、他社の就業規則を参考にしながら、約半年かけて作成しました。もちろん当社独自の物です。最低限守らなければならない法律的な部分と、世間一般的に当たり前といわれる部分、様々なことを考慮しました。それにしてもルールを作るというのは、難しいなと改めて感じましたね。

まず、就業時間と休みについて。

従業員さんの意見を聞いてみると、やはり皆さん休みを大事にしたいということが良くわかりました。この頃から従業員さんのライフワークバランスを考えましたね。休むために働くのか、働くために休むのか、それは人それぞれですね。因みに大手企業を参考にするとろくなことになりません。例えば、慶弔休暇。法律的には必要ありません。しかしながら世間一般的には頂ける会社さんが多いですね。そんな感じで、実用に即して決めていったわけです。

そして有給休暇です。経営者として、有給休暇を与えることは守らなければならない義務です。しかし、それに対する私の認識が欠けていました。「うちのような小さな会社で、全員に法定通りの有給を与えていたら潰れてしまうわ」と考えていたのです。ダメです。コンプライアンスを重んじなければ健全な経営はできませんし、そこを従業員さんから突っ込まれると、言い返せません。かくして、有給休暇を法定通り与えられる仕組みを考えたのです。総じて経営者が精神的に成長することで、義務を果たせるようになります。もちろん勇気がいることですが、ここは大事なところです。

次に給与です。

この時、色々な求人誌を見て、世間一般的な介護職の給与を参考にしました。そうして、賃金テーブルを作成したのです。賃金テーブルに準じて給与を決定する。ある程度基準が必要ですので、わかりやすく保有資格で給与を分け、昇給する仕組みを作りました。また、残業についても法律に則り規定しました。

更に服務規程です。

結構大事でした。「・・・はしてはならない」、「責任の所在」など。
ここを明確に規定することで、「秩序の形成」ができたのです。できていない方には、就業規則のここに書いてあるので、厳守してくださいと注意ができる様になります。

細かいところを上げるとキリがありませんが、大きく見てそんなルールを作成しました。

ここで、うれしい誤算がありました。介護の処遇改善加算と雇用系の助成金です。当時の処遇改善加算は、あまり大きな額ではなかったと記憶しておりますが、従業員さん手取りを少しでも増やしてもらえるならと、獲得に取り組みました。内容を確認すると、ほとんど就業規則に書いてあることで網羅できていたのです。ですので、仕組みを作ることに関しては、あまり苦労をしませんでした。そして、結構就業規則を把握、遵守していると雇用系の助成金をいただけるケースがあります。自分自身で助成金の説明文を読み、入金されたときは、本当にうれしかったのを覚えています。

規則作成の難関は、規則を運用してからも続きます。細かいところの配慮がなされてなかったりするわけです。その都度、改正を重ねてきました。今でも、そのルールを運用しています。浸透すると「規則があって本当に良かった」と思えるようになります。それが、集団で何かを行う基礎となるのですね。

次回は、たからの歩みの中で、次なる難関について書いていきます。今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

2025年5月2日金曜日

たからの歩み(最初の難関)①

 たからデイサービスは、平成18年に産声を上げました。

当時、父が柔道整復師として実家(浅草)で接骨院を経営する傍ら、介護保険に食い込めないものかと考えて立ち上げたのが「たからデイサービス」です。

実家は、以前鼻緒や爪掛けなどの卸売をしていた関係で、2階を倉庫として使っており、その商売が下火になってきたところで、空いていたのを有効活用し、デイサービスを作りました。今でいう、3-4時間の運動デイサービスです。

接骨院の休み時間で水曜日の午後だけ開業するデイサービスでした。

管理者には母がなり、生活相談員は私の妻が担い、介護職員は近所の主婦です。
機能訓練指導員は、父です。まさに3ちゃん商売+主婦ですね。

平成20年、私は脱サラし、実家へと就職します。

当時台東区にデイサービスの数が少なく、特に3-4時間、運動デイの需要は相当ありました。接骨院営業時間を減らし、月曜日から金曜日の午後、デイサービスを開けることにしました。

その後、接骨院を切り離し、デイサービス単体で行うようになるわけです。

月曜日から金曜日の午前、午後と2クールデイサービスを開けます。介護保険のデイサービス単位もいま思えば、そこそこ高く、この頃が一番会社として儲かったときだったと思います。

平成22年、需要は止まらず、デイの稼働率が95%を常に超える様になり、思い切って接骨院を花川戸に移転し、実家の1階でもデイサービスを行うことになりました。更に、利用者のニーズ、ケアマネのニーズが入浴・食事にあると考え、実家の3階を改造し入浴・食事ができるデイサービスへと変貌を遂げます。

ここが、当社のターニングポイントでした。

開設当初から働いてくれていたパート職員さんから、「辞めたい」と言われたのです。

理由は「昔は楽しかったが、入浴を行うようになってからは認知症の方も来るようになるし、排泄介助もすることに。話が当初と全然違う」といわれます。

その通りです。全然違います。

私の思いは、会社が変革を遂げるのは当然でしょ。それについて来られないだけでしょ。そんな感じでした。その後、採用した従業員さんも定着しない方が多かったです。

「経営スキル」を意識し始めたのがこの頃です。
辞める理由はそれぞれです。「実家の仕事を継がなければならなくなった」「家庭の都合で・・・」。建前の理由であることは分かります。本当の理由は?

私は勉強に勉強を重ねます。本を読みかじり、少しでも為になりそうなセミナーにも積極的に参加しました。ここである結論に達します。

「働く方の幸せ」を考えていなかったのですね。確かに、利用者のニーズを追った結果、利用者、家族、ケアマネさんの幸せはある程度かなえられたでしょう。しかしながら、従業員さんを置き去りにしていました。だから定着しなかったのです。

結論(課題)は分かったけど、解決策は?

次回、書いていきます。今回も最後までお読みいただきありがとうございました。