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2026年8月10日月曜日

組織文化を考える④ ~平成27年 組織文化を浸透させる時期~

 皆様こんにちは。

前回に引き続き、当社の組織文化がどのように変遷していったのか、を書いていきたいと思います。平成27年といえば、たからデイサービス竜泉を6月に新規オープンした時期になります。

職員も10名から18名ほどになっていきました。

■平成27年  組織文化浸透期:「感謝」「成長」「利用者さんを思いやる」


前回ご紹介したように、組織の目指すべき道を示すため、経営理念や行動指針を明文化したのですが、それにより確実に社内の雰囲気は変わりました。何しろ価値観を合わせたので、皆が協力的に仕事を行えるようになってきました。このことで、職員は居心地が良くなりました。

この「互いに感謝する」といった文化を深めるために“サンクスカード”というものを作り、お互いにちょっとでもありがとうと思ったことは、メッセージカードに書いて専用箱に入れてもらう。それを給与明細とともに対象者に渡すといった取り組みです。
この「サンクス」はホントにちょっとしたことでも構いません。例えば、利用者を手引きで席まで誘導したときに、椅子を引いてくれたらありがとう、掃除を手伝ってくれたらありがとう、体操で利用者さんを盛り上げてくれたらありがとう、といったことです。一つだけルールを決めました。絶対に相手をディスらないこと!

サンクスカードは、もらう人にとってとてもうれしく、ほっこりとした気持ちになります。給与明細を開けたときに3枚のカードが入っていたりするわけです。

この取り組みは、サンクスカードをもらう、書くことを評価制度に取り入れることで、浸透させました。具体的には協調性の評価につなげます。

このように、「互いに感謝する」といった組織文化を浸透させていき、職員にとって居心地の良い職場となっていきました。以前は利用者対応で意見がぶつかることが多かったのですが、理念を共有したことで判断基準が揃い、迷いが減っていきました。何より雰囲気が明るくなったと記憶しています。

しかし、若者を中心に相変わらず負のループ(退職→採用→退職・・・)は残っています。若者も価値観はあっているように見えるのに、大体3年位で辞めていく方が多い。

なぜ?なぜ? 自問自答を繰り返します。居心地が良くなったのになぜ辞めていくのか。
勿論、介護職は他産業と比べて給与が安い等の処遇面での影響はあります。しかし、退職理由を聞くと、大した理由もなく辞めていく方が多かったように思えます。

様々なセミナーに参加していくうちに、あることに気が付きました。
私は、若者の考え方を理解しているのか。と。(当時私も若かったですが)

おおよそ、下記のような構図になるのではないでしょうか。


この3年目の疑問にはいろいろあると思います。
・この職場に一生いるのだろうか?
・この仕事はだいぶ分かったから他はどんな仕事があるのか気になる
(これは学生時代の同級生と会って話を聞いたときによく疑問に思うようです)
・将来どのようなキャリアが待っているのだろう などなど。
いわゆる“3年目の壁”にぶつかるわけです。

経営理念や行動指針を作成することで、価値観が合い、居心地が良い職場としては、確立されてきましたが、足りないものが「成長」であることに気が付きました。

若者が辞める理由は、自分がキャリアを積んでいくうえで、この組織に留まる魅力がないといったところだったのでしょう。

若者は“成長の見通し”がないと不安になる。だからこそ、キャリアの道筋を見える化する必要がありました。

そこで、私はキャリアアップ概要図を作成する決断をします。
その名の通り、この年次になればこのような仕事を任せる、それに給与を連動させていくといった仕組みを作ったのです。A3で1枚の一覧表です。
キャリアアップ概要図は、「職位・役職」と「昇格要件:ここまでできるようになったら昇格する」、「社会力:社員としての在り方」、「技術力」、「意欲」などを項目ごとに明確化したものです。

このキャリアアップ概要図はつまるところ、当社にとって目指す人材像です。

更に、キャリアアップ概要図を基にして評価制度を作りました。実は、最初に作ったこの評価制度は失敗しました。
最初の評価制度は、キャリアアップ概要図を職員に腹落ちさせていないまま、評価を始めてしまいました。結果、最初はそういうものなのかということで、良かったのですが、2回、3回と回数を重ねていくうちに形骸化されていき、挙句は、労使双方にとって評価自体が面倒になったのです。制度を導入する前に、職員の理解を得るプロセスを抜いてしまったこと、評価項目が抽象的で、現場では使いにくかったことが理由と思われます。

その後、キャリアアップ概要図をかみ砕き、評価項目を見直しました。この見直しについては、別の回で記述します。

評価制度を作成するとともに、私と正職員とで定期的な面談も実施するようにしました。仕事は順調か、何に悩んでいるのか、などを聞き取ります。私はその中で、自身の短期的な目標と中期的(3~5年後)目標を必ず聞くようにしました。

ところで、この時期、私がたからデイサービス竜泉の立ち上げから管理者をしていたこともあり、浅草店の管理職を置く必要がありました。そこで、社員のうち1名を主任に昇格させ、私がやってきた評価をその主任にお願いすることにしました。

新任主任は、初めての部下を持つことになり、リーダーとしての勉強を始めます。
上司に成り立ての頃は、部下との衝突が多かったように感じます。しかしながら、組織が目指すべき道(経営理念や行動基準)を明確にしたことで、段々と関係性も落ち着いてきたように感じました。新任主任もまさにこの時、最も成長したのだと思います。

また、この頃、採用基準を明確化しました。この採用基準は具体的には、「当社の組織文化に適応しそうな人物」という観点で面接をしました。組織文化を壊しそうな人は、どんなに人員が不足していても採用しない!そのことを採用の絶対条件としたのです。こうすることで、組織文化に適応しそうなポテンシャルを持った人だけが集まるようになります。

こうして、評価制度・定期的な面談・採用基準の明確化をすることで、職員は「互いに感謝をする」、「成長する」、「利用者さんを思いやる」という組織文化が浸透していきました。

若者の退職負のループは、しだいに落ち着いていき、勤続年数がおよそ3年未満だったのが、7年、8年と定着するようになっていきました。

■次回予告

組織文化が浸透し、完成するまでを纏めます。
そして、組織文化が職員定着にどのように影響するのかの見解を示したいと思います。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

2026年7月17日金曜日

組織文化を考える③ ~平成26年 組織文化変革期~

 皆様こんにちは。

前回に引き続き、組織文化の変化について書いていきます。

■ 平成26年 組織文化変革期:「感謝」「利用者さんを思いやる」

組織文化を意図的に醸成するには、組織として目指すべきところと集団が遵守すべき規則が必要です。それにより価値観が統一化され、更に行動に対する「規範(お手本)」が生まれます。


前回の②で負のループ(退職→採用→退職・・・)に陥り、このままではまずいと考えた私は、ここで初めて何かしなければならないのではないか、と考えるようになります。しかしながら何をしていいか全くわからず、とにかく「経営」や「組織」に関する本を読み漁りました。

本屋に行っては立ち読みをして、これは読みやすいと思ったらすかさず購入!

様々な本を読んでいくうちに、「経営とは何か」、いや、そもそも「仕事」って何だろう?と考えるようになっていきます。

お金を儲けること?・・・もちろんそれも大事な目的です。ただ、お金を儲けてその後待っている人生ってどんなものだろう?

このような経営哲学、いや人生哲学を考えるようになってから「会社はだれのためにあるものか?」という命題に差し掛かります。その命題に対しては私は「従業員」であると答えます。従業員を喜ばせることが経営であると。

とまあ、そんな感じで私としての経営者マインドを形成していったわけです。

話がそれましたが、本題に戻ります。

平成26年頃、たからデイサービスは事業を拡張し、運動機能型デイサービスから総合的(入浴・食事サービスあり)なデイサービスになって1年ほどが経過しました。その頃になると業務はだいぶルーティン化されてきて職員も慣れてきていました。

退職の負のループは一時ほどではないものの少しずつ落ち着いてきました。

経営のHow To本を読むと必ずと言っていいほど出てくる「経営理念」「ビジョン」といった難しい言葉。何が違うねんって感じです。そういった経営理念やビジョン等を盛り込んだ経営計画を作る、このことが必要と考えるようになります。

「経営理念」「経営ビジョン」等を明文化することを始めました。それも自分一人で作るのではなく、当時の社員全員で一言一句作成することにしました。

毎週水曜日の業務後、社員には1時間の時間をもらい、まずは何を作るのかを明確にしながら、経営理念から作成します。最初は社員は「いったい何をやるってんだ?」「早く帰りたいのに」「きれいごとを作っても仕方ないのでは」といった批判的な態度もありましたが、これがどういうわけか2週目に入ると、普段発言しない社員も発言するようになり、活発な意見交換ができるようになりました。

4週間を経て、経営理念が出来上がりました。キーワードは「感謝と信頼」です。

このようにして、約3か月で経営ビジョン、行動指針まで作り上げました。

驚いたのが、この経営計画書を作成し始めてから、社員をはじめ、職員同士のコミュニケーションが円滑になったことです。そして、心なしか皆穏やかに仕事ができるようになりました。思えば、この3か月間の経営計画書作成は、「自分がやっている業務は間違いないのだ」という「自己肯定」を感じてきたのかと推察しました。その結果、利用者からは「ありがとう」と感謝され、社員もやりがいを感じるようになりました。

経営計画書作成と同じ時期、私は就業規則の整備に取り掛かります。

就業規則については、インターネット上にひな形がたくさんあります。もちろんそれらを参考にしたことは間違いありませんが、そのまま使用してはただの“飾り”になってしまい、誰も守らなくなってしまうという懸念があり、これも一言一句自分で作成します。

その後、顧問社労士さんと協議を重ね、出来上がったのは半年が過ぎた頃でした。
これを周知して、遵守することも時間がかかりました。

更に、非常勤職員、常勤職員の立場、役割を明確にして周知しました。具体的には非常勤職員はそのパートを担当していただく大事な存在、常勤職員は全てを見通すこれまた大事な存在。従って、常勤職員が非常勤職員の立場的には上ということにしました。

このように、職員の価値観を合わせ、規則により従うべきものを作った結果、徐々に組織文化が生まれました。その組織文化は、「互いに感謝する」「利用者を思いやる」といったものです。

しかしながら、負のループについては、なかなか抜け出せずにいました。特に若い方を採用しては、半年から1年間で辞める、そんなことの繰り返しです。まあ、ループの長さはだいぶ長くなってきたのですが。

■ 次回予告

このように生まれた組織文化をどのように浸透させていったのか。そして、負のループはどうなるのか。そのようなことを書いていきたいと思います。

今回も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


2026年7月9日木曜日

組織文化を考える② ~平成24年 事業拡張期~

皆様こんにちは。

今回は、当社が事業拡張期(平成24年)にどのような組織文化の変化を経験したのかをお伝えします。

■ 平成24年 事業拡張期の文化:「状況に適応する」「利用者さんを思いやる」

この頃、デイサービス事業は順調に利用者が増え、定員いっぱいの日が続くようになりました。そこで本社2階で行っていたデイサービスを1階にも増設し、受け入れ人数を増やすことにしました。

カリキュラムはほぼ同じで、目的は「利用者数の拡大」。職員数は約10名となり、増設から3か月ほどで利用者数は大幅に増加し、収益も向上していきました。

しかし、職員の業務は大きく変化します。送迎回数は単純に2倍となり、フロアの人員配置も変わり、常に忙しさがつきまとう状態でした。それでも職員は、日々変わる情報や業務に必死でついてきてくれました。

当時のデイサービスは入浴・食事サービスがなく、運動機能向上が中心。利用者さんは比較的軽度の方が多く、職員の負担も大きくはありませんでした。

■ 第二の転換期:入浴・食事サービスの開始

経営陣は「利用者ニーズに応えることが正しい」という強い思いを持っていました。そこで、入浴・食事サービスを開始することを決断します。

これにより、

  • 3時間滞在型(午前・午後の入れ替え)

  • 7時間滞在型(1日利用)

が混在するようになり、利用者の介護度も軽度からやや重度まで幅広くなりました。

入浴介助の経験がある職員は少なく、他事業所からレクチャーを受けながら対応。排せつ介助も必要となり、現場はまさに「場当たり的な対応」を求められる日々でした。

■ 負のループ:退職 → 採用 → 退職…

その結果、長年勤めていた職員が次々と退職。慌てて採用しても、また退職してしまうという負のループに陥りました。この状態は1年以上続きました。

経営陣は「いつか落ち着くはずだ」という根拠のない楽観を信じていましたが、現場は疲弊していきます。正しいことをしているはずなのに、なぜかうまくいかない──そんな違和感が常につきまといました。

■ なぜ退職が増えたのか?

もちろん、仕事内容が大きく変わったことへの不満はあったでしょう。

しかし本質はそこではありません。

経営陣が意図して文化を変えたわけではなく、自然発生的に変わった文化と職員自身の価値観が合わなくなったことが大きな理由です。

創業期の「右向け右」の文化は消え、 この頃の文化は 「状況に適応する文化」 へと変わっていました。

■ 事業拡張期の結論

「事業拡張期の組織文化」は、創業期の“右向け右”の文化が自然消滅し、経営陣の意図とは別の方向へ文化が変質してしまった時期でした。

しかもその変質は、事業拡大という“正しいはずの意思決定”が、現場の期待・価値観とのズレを生み、結果として離職という形で表面化したのです。

■ 次回予告

次回は、偶発的に変化した組織文化を、経営陣がどのように「意図する文化」へと導いていったのか──そのプロセスを当社の歴史とともに紐解いていきます。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

2026年7月3日金曜日

組織文化を考える① ~平成21年 創業当時の組織文化~

皆様こんにちは。

今回から数回に分けて「組織文化」について書いていこうと思います。

きっかけは、最近読んだ『両利きの経営』の中で組織文化が大きく取り上げられていたことです。改めて考えてみると、組織文化はとても奥深く、そして「人材定着」に大きな影響を与える重要なテーマだと感じました。

■ 組織文化とは何か

どんな組織にも文化があります。 しかし、いざ言語化しようとすると意外と難しいものです。

組織文化とは、企業のビジョンや戦略を実現するために、経営者が意図的に設計した価値観や行動様式のことです。 経営者が「共通の価値観」を定義することで、組織文化が生まれます。

また、人は組織に入ると、自然に以下のような期待を持ちます。

  • どんなふうに働けば評価されるのか

  • どんな行動が歓迎されるのか

  • どんな人が活躍しているのか

  • どんなコミュニケーションが普通なのか

これらの期待が「暗黙のルール」として積み重なったものが組織文化です。




■ 組織風土との違い

似た言葉に「組織風土」があります。

  • 組織文化:経営者が意図的に作る価値観・行動様式

  • 組織風土:職員が日々の業務や人間関係から自然に感じる雰囲気

つまり、組織文化を意図的に作ることで、組織風土に反映されていくという関係です。

組織文化は“設計できるもの”。 これは経営者の大事な仕事だと私は考えています。

■ 平成21年 当社の創業期の組織文化

ここからは、当社がたどってきた組織文化を紹介していきます。

① 創業期の文化:「右向け右」「利用者さんを思いやる」

創業したばかりの頃は、介護保険制度の理解、利用者さんへの接し方、ケアマネさんとの連携など、すべてが手探りでした。 創業者(私の家族)の存在が大きく、まさにトップダウン。「右向け右」で運営していました。

職員は近所の主婦のパートさん数名。小さな組織で、決められたことをその通りに行うというスタイルでした。

ただし、利用者さんを思いやる気持ちだけは全員の共通認識として強く存在していました。

この頃はビジョンや明確なルールがあるわけではなく、創業者の価値観がそのまま組織の価値観になっていました。価値観を伝える手段も、創業者の「感情」が中心だったように思います。

どの会社もスタートアップ時は、経営者の思いに共感した職員がついていく形になりがちです。当社も例外ではありませんでした。

私は、これはこれで小さな組織にとっては立派な組織文化だと思っています。家族経営である時期は、家族の価値観が組織の価値観になりやすく、その価値観に共感できれば職員にとって居心地の良い環境になります。

つまり、この時期の職員の組織に対する期待は、非常にシンプルで創業者の価値観に強く依存していました。

「決められたことをその通りに行えば評価されること」、「利用者さんを思いやる姿勢が何より大切にされること」、「家族的な雰囲気の中で安心して働けること」。そして、明確なルールがない分、創業者の感情が“正しさの基準”になっていました。 小さな組織では、このような価値観の一致が居心地の良さにつながります。

■ 次回予告

この創業期の文化が、どのように変革していったのか。 次回以降、当社の組織文化の変遷を紹介していきます。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。